- すべては再会から始まった
- なぜ“メンター”だったのか?
- 最強のトライアングルキャスト
- かつてなくユニークなメンター像
- コントとドキュメンタリーの間で
- 「これからもバリバリ反省して、
長所を伸ばします!」(拓海) - 「俺の邪魔をするな」(龍之介)
- 人間は不完全だから愛おしい
-
すべては再会から始まった
「埜本さん!」という声が聞こえ、カメラが向いた先には、半袖のTシャツを着て自転車のハンドルを握りしめた末澤誠也の姿があった。長い前髪で目元まで隠れた表情には怯えた雰囲気が漂う。名前を呼ばれ、怪訝そうに振り向いたのは、綾野剛が演じる埜本だ。「花火で火事を起こした拓海」であると名乗った相手を、中日ドラゴンズの青いキャップの下からじっと見つめるその顔は険しくも見える。次の瞬間、一直線に向かって来る埜本を前に、立ちすくむしかない拓海。殴られる……! と思った瞬間、埜本は激しく拓海に抱きつき、背中に回した腕に力を込めた。カットがかかると、「ほぼ殺しに来る勢い……嫌な予感しかしない(笑)」と𠮷田恵輔監督が目を輝かせる。実は本番前、綾野は𠮷田監督だけに「ここはガツッと行きます」と伝えていた。続くリテイクで拓海を見る埜本の表情はやや力が抜け、拓海を抱きしめてから話し始めるまでに“間”が入り、先の読めない緊張感がさらに増す。拓海と埜本が15年ぶりにお互いを認識し合うこのシーンはすべての始まりでもある。何ともスリリングでインパクトのある再会となったが、本番後の監督からは「カップルみたい」の発言が。たしかに相反する立場の二人が運命のいたずらで再び巡り会うという意味では、この上なくドラマチックな導入である。
-
なぜ“メンター”だったのか?
タイトルの“メンター”とはいわゆる指導者や助言者のこと。ここでは特に、自分より10歳以上年上で20歳以下の年齢差の相手を対象とする。本作の脚本を自ら書き下ろした𠮷田監督にとってのメンター的な存在は、かつて現場スタッフをつとめていた塚本晋也監督であり、漫画家の新井英樹氏(2018年に𠮷田監督が映画化した『愛しのアイリーン』の原作者)である。それに加えて、今年50歳をむかえる𠮷田監督には、「自分も誰かのメンターになるべき年齢になってきている」という思いもあった。だがそこは𠮷田監督、やはり一筋縄ではいかない。「メンターについて調べていくうちに、結局は他人を導くことで自分が気持ちよくなっていないか、自分に酔いたいという承認欲求がそこには発生するんじゃないかと。胡散臭さを感じると同時に、そこを面白がる自分も出てきて。逆にメンター的な発言をしている人の恥部を見たい気持ちも湧いてきたんだよね」
メンターに掛け合せて語られるテーマは「反省」である。人は何をしたら反省したと言えるのか、反省とはそもそも何なのか。明確に数値化できるものではなく、人によって価値基準も違うそれを問うことが、𠮷田監督がやりたかったことの一つであり、龍之介と拓海はそれに向き合う姿勢が対照的な2人として描かれている。 -
最強のトライアングルキャスト
𠮷田監督は“明るいキャラクター”を自認する反面、意外と感情の起伏が少なく、自分には人間らしい感情が欠落しているのではないかという疑いを持っていたと語る。「俺は俺なりに悲しんでいるつもりのときも、まわりから見たら、ある種の反省の色が足りない人と同じなのかもしれない」。龍之介は𠮷田監督がそうした自身を重ねた人物であり、今回それを託したのは、監督たっての念願が叶ったキャスト・磯村勇斗だった。その対立項となる拓海には、大森美希プロデューサーがドラマ「彼女と彼氏の明るい未来」(MBS)で縁を結んだ末澤を推薦。2024年にデビューしたAぇ! groupのメンバーで、単独での映画出演は初めてだったが、ポテンシャルを買われて未知数な可能性に期待がかかった。
龍之介と拓海が決まれば、メンター役は年齢的にも絞られ、𠮷田監督が「いつか一緒にやりたいなとずっと思っていた」綾野剛の出演が実現することとなる。𠮷田監督はドラマ「オールドルーキー」(TBS)で現役引退に追い込まれるサッカー選手を演じた綾野の姿が忘れられなかった。「いいやつなんだけど夢がダメになっちゃう、それが本当に可哀想で、綾野さんが悲しい顔をしているとこっちも悲しくなっちゃう。そういう綾野さんを撮りたいなと思って」。磯村と綾野は公私共に密な関係性を築いており安定感は抜群、最高の組み合わせで、この二人が来れば芝居のキャリア的にはまだ浅い末澤の面白さを最大限に引き出してくれるに違いない。その勝算が𠮷田監督にはあった。 -
かつてなくユニークなメンター像
綾野は𠮷田監督の思い描いていたメンター像を「だいぶぶっ壊してきた」という。𠮷田監督は当初、説得力メインで態度や話し方も落ち着いたトーンをイメージしていたが、綾野が出してきたのはもっと普通で、もっとコミカルで、もっと愛嬌のある人物像だった。いわゆるステレオタイプではないメンター像はビジュアルにも表れている。中日ドラゴンズキャップの裾から白髪混じりのもじゃもじゃが覗く特徴的な髪型は、綾野の発案から生まれ、白髪の量や見え方もその都度調整した。埜本のドラゴンズキャップは火事当時の2010年のものでやや色褪せているが、拓海が真似をして買ったドラゴンズキャップは現在のバージョンでブルーも鮮やかだ。
強烈な存在感を放ちながらも謎多き埜本の実像を知る数少ない手がかりが、体に刻まれた激しい火傷痕である。顔の火傷痕はキャップを被った状態でも左耳の上から首元まで及び、綾野の顔を粘土で型取りしシリコンに落とし込んで作ったものを、5つのパーツに分けて貼っている。加えて長袖の先から見える両手、また火事のシーンでは頭部にも血糊や煤の特殊メイクを施した。負傷直後の生々しさは視覚的にもショッキングだが、長い年月をかけて体の一部となった火傷痕は、その姿で生きてきた埜本の時間を物語るだけでなく、それを目にした人間が最初の衝撃から“見慣れ”ていく感覚までをもリアルタイムで体感させる。 -
コントとドキュメンタリーの間で
ところは変わって沼津駅前。龍之介へのネガティブな発言を埜本にたしなめられた拓海はプチパニックになってしまう。そのお芝居を作る際、𠮷田監督は、車道との間を仕切るポールにセミのようにしがみついて叫ぶアイディアを実演してみせた。「今はこのポールが拓海にとってのメンターで、こいつでギリギリ精神を保ってる、こいつに助けてもらおうとする気持ちを込めて」。なかなか変化球の要求だったが末澤は見事に応えた。「俺が試しにやってみせるのはほぼコントなんだけど、末澤さんはギリギリそうじゃないところで成立させる。ニュアンスはつかみつつも、拓海がやりそうなところに落とし込む。自分の芝居の枠を認知していて、どこまでやったらスベるかという感覚を、動物的にわかっているんだと思います」(𠮷田監督)。この演出には綾野も「それやってみたい!」と身を乗り出したほど。自身もスナックでカラオケを歌うシーンではかなり大胆な振れ幅を叩き出しただけに、「あのときはずっと迷子だったけど、やり切ると“見える”よ」と末澤にエールを送っていた。
-
「これからもバリバリ反省して、
長所を伸ばします!」(拓海)
反省こそ自分の長所だと目覚めた拓海は、埜本以外に火事で迷惑をかけた方への土下座に臨む。長い前髪の塊が畳に落ちるまで頭を下げる拓海の言動に目を奪われるが、その横で密かに、龍之介を演じる磯村勇斗のリアクションが冴え渡っているのに気づいただろうか。シリアスな役柄を背負う一方で、ドラマ「不適切にもほどがある!」(TBS)のムッチ先輩などに見られるように、磯村はコメディアンとしての才能も披露してきた。キャラクターとしてはツッコミ的なポジションの龍之介だが、見方を少しずらすと、リアクションという形でボケをかましているとも言える。拓海の後頭部を見下ろす虫を見るような視線、延々と続く謝罪口上に正座の足が痺れて座り直す仕草、拓海を直視できない何とも言えない気まずさ、どうしようもなく浅いお辞儀の角度。細かい芸を端々に散りばめており、そのスキルには𠮷田監督も絶大な信頼を寄せていた。「磯村さんはツッコミとしての優秀さが半端じゃなくて、そのおかげで末澤さんもより面白く見える。ツッコミが面白ければボケが破天荒なことをしても笑いにできる。磯村さんは黙っていても正解を出してくるから、俺は一番最初のお客さんみたいな気持ちでそれを見ていました」。
たとえば墓参りのシーンでも、拓海と二人きりになった龍之介のイラつきを表すために、𠮷田監督から「右手をグーチョキパーにしてみて」という演出が。何のこっちゃと思うところだが、本編を観れば磯村は瞬時にそれをモノにしていた。「磯村さんは器用で場数も踏んでいるし、何を頼んでもできるけど、せっかく俺の現場に来てそのまま終わってもつまらないから、絶対に他の監督が言わないであろうことをお願いしないと勿体ないなと思って」(𠮷田監督)。
3回目の土下座は、被害者の娘への謝罪だった。泣き崩れた拓海が土下座を繰り出すと、そのお尻が徐々に持ち上がり、ついには三点倒立になりそうなぐらい浮いてしまった! お尻を上げる技は末澤と𠮷田監督がクランクイン前に行ったワークショップで見つけたもの。本番中は磯村と綾野も吹き出しそうになるのを必死に耐えていた。 -
「俺の邪魔をするな」(龍之介)
本作のドラマには、龍之介のオリンピック出場がかかっているため、アーチェリーの練習や試合のシーンはすべて磯村が吹き替えなしで演じている。自分の身長ほども高さのある弓を構え照準を合わせる磯村。見ているだけでも息の止まるような集中力だ。アーチェリーシーンの撮影初日でもあった練習シーンで、磯村は初めて70mを射って命中させた。その瞬間、「ナイスショット!」と選手役のエキストラで参加しているアーチェリー経験者の面々からも賞賛の声が挙がる。オリンピックで採用されているターゲット競技の射距離は30mから始まり、次は50m、70mからが長距離となるが、70mを射るまでには早くて半年~1年かかるところを、磯村本人の強い希望と熱意によってわずか3ヶ月でそのレベルまで到達した。白い羽に赤いノックの矢も自らカラーをセレクトしたものだ。以前からアーチェリーに興味があったという磯村は、約1年かけて筋力や体幹を鍛える体づくりから取り組み、撮影の半年前からはアーチェリー教室にも通い、フォーム練習だけでも数百回、自宅でもゴムバンドを使ったトレーニングを重ねてきた。アーチェリー指導を担当した大貫渉氏も「自分の体の動かし方をよく把握できていて、フォームの再現性も体の使い方も素晴らしい」とその成果に太鼓判を押す。テクニックの鍛錬は必然として、大貫氏いわく「最後はメンタルが100%のスポーツ」だけに、龍之介の運命を占うドラマも説得力を帯びてくる。
-
人間は不完全だから愛おしい
𠮷田監督は本作を「三人の個性がぶつかり合い、全く調和しないのが魅力」と語り、人間のおかしみや不完全さみたいなものをテーマに撮り続けてきたフィルモグラフィの「一つの到達点になった気がする」と自負する。「結局、人同士の分かり合えなさが、戦争を含めあらゆる事件の根幹にある。その不完全さこそが人間臭さだし、愛おしさでもあるのかなって。敢えて大きな社会性を持ち込まなくても、人間が分かり合えないのはどうしてかということを見つめていけばそこにすべてが凝縮されている。『mentor』は一番いい形でそれを描けたんじゃないかな」



